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Vol.1417:ガザ虐殺の真相『ベングリオン運河計画』

この記事を読むのに必要な時間は約4分です。

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ベングリオン運河計画

日本で報道をされているか?
は分かりませんが

今、エジプトや中東では
ある言葉が、頻繁に登場します。

それが『ベングリオン運河計画』です!
このベングリオン運河計画とは何なのか?

この運河は、ガザ近くのイスラエルを流れる
イスラエル建国の父の名にちなんで名付けられた
スエズ運河の代替案のことです。




イスラエルを通る大洋横断運河を建設するという
構想は1963 年まで遡るとのこと。

当時、米国のローレンス・リバモア研究所は
運河を掘削するために核爆発を使用する計画でした。

これは、米国とソ連の両国が大規模な発掘プロジェクトで
核兵器の使用を検討していた狂気の計画だったと
機密文書に書かれており、1993年以降
機密文書公開されたことで明らかになりました。

新しい運河のアイデアは、エジプトの
ナセル大統領が 1956 年にスエズ運河を国有化し
イギリスとフランスの権益から引き継いだことによって
促進されました。

その結果、これらの国々とイスラエルの
両方が関与する形で
エジプトに対する戦争が起こりました。

アイゼンハワー米大統領の介入により
イスラエルは譲歩せざるを得なくなり
運河計画は その後、数十年にわたって
中止がされてきました。

そして、ここに来て
再び『ベングリオン運河計画』が出てきたのです。

ガザの虐殺はベングリオン運河計画が関係している?

多くのアナリストは、現在のイスラエルによる
ガザ地区再占領は、多くのイスラエル政治家が
古い計画(ベングリオン運河計画)を復活させるために
待ち望んでいたものだと解釈しています。

当初の構想ではなかったが
一部のイスラエル政治家の意向により
運河の最後の港はガザにある可能性があります。

もしガザが徹底的に破壊され、パレスチナ人が
避難することになった場合、運河をガザ地区に迂回させることで
コストを削減し、運河のルートを短縮するのに役立つとのことです。

つまり、イスラエルは
ガザでパレスチナ人を追い出し、その場所に
ベングリオン運河計画の港を建築しようとしているのです。

そして、この背後にもアメリカ政府の影が見えます。

スエズ運河は第一次アラブ・イスラエル戦争中の際に
1948年から50年にかけてイスラエルに対して閉鎖され
その後第二次紛争の1956年から57年にも閉鎖されています。

このスエズ運河と言う場所は
貿易の要所と言うだけではなく
実は国家安全保障体制にも深く関係してくるのです。

アメリカ政府としては
紛争などでスエズ運河が閉鎖されることは
自分達の国家安全保障体制に危機が及ぶ。

そして、そのキーはエジプトにあり
エジプトは?と言うと

BRICSへ加盟したことで
ロシアや中国との連携を強めており

このままではスエズ運河は
『アメリカの国家安全保障体制』
危機が及ぶと考えているわけです。

だからこそ、新しい運河必要で
それが『ベングリオン運河計画』であり
それが『ガザ虐殺』へと繋がってくるわけです。

参照:eurasiareviewより

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